カワカミ号の思いで


私が小学5年生のときに、彼女は突然我が家にやってきた。
父が外から帰って来た時、私たちはテレビを見ていたが、父が玄関の方から「みんな良いものがあるからおいで!」というので、行ってみると、そこには、ダンボール箱から顔を出した芝色の小さくて可愛い生後2ケ月の彼女がしっぽを振っていた。
この犬は川上犬という犬であり、私が生まれてから初めて出会う犬種であった。
その日は夜寝るまで家族みんながこの新しい家族に夢中になった。兄弟も私も母や父もかわるがわるに子犬を撫でたり、抱きしめたりして幸せな気分になったものだ。

川上犬は一見柴犬にそっくりであるが、長野県佐久市川上村が原産地であり、オオカミの血が流れているといわれている。普段はおとなしいが、いざとなったらクマにだってとびかかっていくほど勇敢な犬であるそうだ。
この日、私たちは、この子の名前を「カワカミ号」と命名した。
カワカミ号は人懐っこい性格で、近くに来る人には、危害を加えるような人でなければ誰にでもよくしっぽを振った。
だから、彼女にあった人は、すぐに彼女を好きになって、彼女はいつもいっぱい頭を撫でてもらえるのであった。

犬は人間の気持ちをよく理解することができると言われるが、私もそのことをいつも実感していた。私が元気よくカワカミ号の前に現れると、彼女も元気よく尻尾を振って、喜びを表現した。私が失敗して落ち込んでいるときは、そのことをすぐに察知した。
最初は元気よく振っていた尻尾をいったん止めて、こんどは心配そうに小さく振るのであった。

あれは寒い冬の日であった。私とカワカミ号はいつものように散歩に出かけた。
散歩の折り返し地点まで来て、少し休んでから帰ろうとすると、カワカミ号はそこに座り込んで動こうとしなくなった。「もう帰るよ」「もう帰ろうよ!」私が何度言っても、カワカミ号はそこを動こうとしない。
よく見ると、ずいぶん年を取った老犬がそこにいた。わたしはカワカミ号を抱きかかえて帰ることにした。歩きながら私は腕の中でじっとしている老犬の体をさすってやった。すると、カワカミ号とのかつてのいろいろな思い出が走馬燈のように蘇ってくるのであった。
「ありがとう。カワカミ号ありがとぅ」私は心の中で自然とそうつぶやいていた。
それから3日後のことである。カワカミ号は天国へと召されていったのである。




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